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とよたまちなか芸術祭2025
トークイベント「とよたアートづくりミーティングvol.3」レポート
※掲載内容は2025年10月時点の情報で、現在とは異なることがあります
6回目を迎えた
「とよたまちなか芸術祭2025」
猛暑続きの長い夏がようやく終わり、まちが秋の気配に包まれ始めた10月半ば、今年も約2週間にわたって「とよたまちなか芸術祭」が開催された。
この芸術祭は豊田市のまちなかにある公共空間や店舗、文化財などの施設を会場に、誰もが気軽にアート作品や芸術文化に親しむことを目的に行われているもので、2020年度のスタートから今年で6回目を数え、今では市民のみならず市外の人たちにも広く知られる秋の恒例イベントとなっている。
明治後期に建てられた貴重な町屋建築様式の料理旅館を移築した「喜楽亭」、国の登録有形文化財「旧愛知県蚕業取締所第九支所」の建物を活用した「旧豊田市近代の産業とくらし発見館」など、まちなかに点在する数カ所の施設を舞台に、土地の記憶や建物が持つ歴史的な背景、豊田の産業や伝統文化などについて、参加アーティストらが表現者としての視点で考察し、各々の解釈を加えて制作したアート作品をダイナミックに展示。期間中、それぞれの作家の個性が際立つ多彩な世界観が展開された。
市民とともにアートを考える
とよたアートづくりミーティング
テーマは「ひらく」
芸術祭最終日前日の10月25日には、「旧豊田市近代の産業とくらし発見館」においてトーク&ワークショップイベント「とよたアートづくりミーティング」が行われた。とよたのまちにおけるアート活動について、市民らが中心となって議論を重ねてきたこの取り組みも今回で3回目となる。
この日は「ひらく」というキーワードを共通点とし、それぞれ拠点とする地域で、アートとまち、人とをつなぐ活動を実践する3名のゲストを講師に迎えて開催。前半は3名によるリレートーク、後半はイベント参加者らが主体となり、とよたのまちなかにおけるこれからのアート活動の可能性について活発なディスカッションという形で行われた。
はじめに登壇した新見永治さんは、1990年代に名古屋市の新栄にてオルタナティブスペース「カノーヴァン」を開設。現在もコミュニティスペースを運営する「のわ」の代表として地域に開かれた場の運営を続けている。
新見さんと豊田市との縁は実に30年以上前に遡る。当時、現在の豊田市美術館の場所にあった小学校(当時、すでに廃校となっていた)の木造校舎で行われたライブなどの企画に携わり、さらにその25年ほど後には、映像作家、山城大督さんを中心とした美術家ユニット「Nadegata Instant Party(ナデガタインスタントパーティ)」による豊田でのアート活動をよく見に来ていたそうだ。その活動の流れを汲む「とよたまちなか芸術祭」に今回はゲスト講師として登壇。トークの冒頭、当時の思い出話を交えながら自己紹介をされていたのが印象的だった。
そして今回、唯一県外から招かれた下浦萌香さんは、自らアーティストとして活動をする傍ら、大阪府藤井寺市でアーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」を開設し、地域と協働しながら運営を続けている。作家という立場で自ら地域にひらかれた場を持つこととなった経緯と、それを維持していくことの意義や課題などについて事例を挙げて語った。
最後は、名古屋・栄に2024年春オープンした新しいスタイルの複合型アート空間「SLOW ART CENTER」で、プロジェクトマネージャーとして活躍する居石有未さん。日常の中で、ともすると浮いた存在になりがちなアートを敢えて日常空間に置いてみることで、地域と人とのゆるやかな繋がりを生み出すことを目指して、日々さまざまな手法で実験的な活動を企画、実践している。
以下、三者三様の手法で「ひらく」を実践する3名の講演の要旨をまとめて紹介する。
名古屋における
オルタナティブスペースの先駆け「パルル」
~新見永治さんのお話
「のわ」代表の新見です。「のわ」が運営する新栄のわというのは、名古屋の新栄にあるマンション内の1階、2階、5階に僕が所有している3つの空間全体をまとめた呼び名で、3つの部屋にはそれぞれ名前があります。
まず1階が「パルル」。ここはカフェ機能がついたイベントスペースで、誰でも気軽に来てもらえる〝集まる場〟としていろいろな用途に使っています。
2階の部屋は番号のまま「205」と呼んでいます。ここは〝つくる場〟。
レーザーカッターや3Dプリンター、旋盤やドリルといった工作機械が設置してあって、会員さんが月額制でいつでも自由に使ってもらえるようになっています。
そして5階の「503」は〝暮らす場〟。部屋を3つに区切って最大3名が生活できるシェアハウスです。
僕が最初に「ぱるる」を始めたのは1990年代ですので、すでに30年以上も前になりますが、活動の原点はイギリスにあると思っています。
1989年にベルリンの壁が崩壊して、歴史的な瞬間に置かれたヨーロッパの状況を見ておきたいというのもあり、ヨーロッパに渡りました。その時に訪れたイングランド北部のサンダーランドとニューカッスルという二つの都市との出会いが大きなきっかけになりました。
他にもロンドンやグラスゴーなど、当時のイギリスではさまざまな都市で国際的な芸術祭が盛んに行われていて、日本からは川俣正や大竹伸朗といったアーティストが参加していたと記憶しています。
かたや、その頃の日本といえばちょうどバブルの終わりかけで、いわゆる〝失われた30年〟が始まる直前。イギリスで見たような、まちなかで展開するアートイベントや国際芸術祭みたいなものはほとんどなく、当時の僕は、まちを使ってこんなことができるんだ!とすごくびっくりしたことを覚えています。
イギリス滞在中には実際にアーティストレジデンスの様子も見ました。作家が病院の中に滞在して患者さんと一緒に作品を作っていたんですが、それを見た時も「何だ、これは⁈」とすごく驚きました。その頃はまだ、レジデンスなんていう言葉すら知らなかったし、アーティストといえば単にアート作品を作る人のことだと思っていたので、そういうスタイルの創作活動があるということが非常に衝撃的で、その後の僕の活動にも大きな影響を与えることになったわけです。
イギリスで刺激を受けた僕は、日本に戻ってすぐ、それまで「新栄画廊」という名前でやっていた場所を「カノーヴァン」という名前に変えて新しくスペースをスタート。アート以外にも関わりを広げていきたいなと思って音楽のライブなどもやるようになりました。イギリスではアートセンターのような場所には大抵カフェが併設されていたので、それを参考にしてコーヒーが飲めるようにしたりもして。これが「パルル」の始まりです。
やり方もよくわからないまま、イギリスで見たようなオルタナティブな場づくりを手探りで始めて、その後いろいろ形を変えながら現在に至るわけですが、途中でコロナがあったりして人が集まるイベントとかがなかなかできなくなってしまうんですね。そこで改めて、地元に目を向けてみようと考えました。
まずは毎日、場を「ひらく」ということに注力して、「パルル」での飲食を続けました。今では出店者さんたちが日替わりで担当してくれるようになり、店頭で物販などもしています。
いろんな方からいらなくなったものを提供してもらって、欲しい人に無料で譲る「0円ショップ」はコロナ前から続いていますし、他にもお花や野菜など、ご近所の方にも来ていただけるような工夫をして、売上金は「のわ」の運営費に生かしています。
さらに地域との繋がりを深めようと、少し前から子ども食堂も始めました。
店番を手伝ってくれるサポートメンバーはただ店番をするだけでなく、子ども食堂にやってくる小学生たちに勉強を教えたりもしますし、薬剤師の資格を持っている人もいるので、地域の人が気軽にお薬の相談ができる「お薬相談室」を定期的に開いたりもしています。
コロナが落ち着いてからは、かつてのようなイベントもできるようになりました。先月(10月)は、数十年ぶりに地域の獅子舞を復活。こうしたことも地道に地域との繋がりを深めてきた成果の一つだと思っています。
…と、ここまでなんだか楽しそうなことばかりお話してきましたけど、課題はやはり運営のこと。こんなやり方で食べていけるのだろうかというのは、始めた当初から常に抱えてきた課題です。
現在、フルタイム勤務のスタッフさんが一人いるので、その方のお給料だけはきちんとお支払いしなくちゃいけない。持続可能な運営の仕方をちゃんと考えていかなければならないと思っています。
僕らのような活動にはこうした課題がどうしても切り離せません。35年前にイギリスで感銘を受けたことが今の自分に果たして実現できているだろうかと今も自問自答する毎日です。
けど、こうしてさまざまなことを振り返ると、自分自身の活動の軸には常にアートがあって、そもそもアートって何だろう?ということをずっと考え続けている気がします。今後は、地域とアートの関係性みたいなことについても考えていかなければならないなと思います。
今日は後半のワークショップで、みなさんと一緒にそういったことについても意見を交わし合えたらいいなと思っています。ありがとうございました。
作家として感じた課題を機に
自らひらいたコミュニティ
~下浦萌香さんのお話
はじめまして。大阪から来ました下浦です。私の経歴を簡単にお話しすると、2020年に大阪教育大学の芸術文化専攻を修了し、翌2021年、コロナ禍の真っ只中に「デラハジリ」という名前のアーティスト・ラン・スペースを立ち上げました。
今年から、「NPO法人 BEPPU PROJECT」が運営する、アーティストが住むアパート「清島アパート」に入居し、現在は大阪と別府の二拠点生活をしています。
私自身もアーティストとして制作活動を行っていますが、どのような作品を手がけているかについては説明が長くなってしまうため、SNSなどでご覧いただければと思います。
今日は主に、私が運営している「デラハジリ」についてお話しします。
よく「ギャラリーですか?」と聞かれるのですが、「デラハジリ」はいわゆるホワイトキューブのギャラリーではありません。外向きに分かりやすく説明する場合には、「手作りのアートセンターのようなことをしています」と伝えることもあります。
壁はグレーの珪藻土で、天井高3mを超える吹き抜けになっており、とても開放感のある空間です。一方で、床面積は9帖ほどとコンパクトで、全体としては少し変わった造りになっています。
そんな「デラハジリ」があるのは、大阪府藤井寺市の土師ノ里エリアと呼ばれているまちです。自然が豊かで、周辺には古墳が数多く点在しています。Googleマップで検索すると、右を見ても左を見ても古墳ばかり (笑)
場所は、土師ノ里駅からすぐの、古民家を改装した集合ショップ「里庭の箱」の一角です。バーや美容室、カフェなどが並ぶ、長屋のような場所に「デラハジリ」はあります。
「デラハジリ」という名前は、藤井寺の「デラ」と土師ノ里の「ハジ」、そして再構築を意味する「リ(re)」を組み合わせた造語です。実はこの名前を考えたのは私ではなく、以前、土師ノ里エリアのカフェで展示をした際に、そのカフェのオーナーさんが展示タイトルとして名付けてくれたものです。とてもしっくり来たので、そのままスペースの名前として使うことにしました。
アーティストである私がこのような場を立ち上げたのは、自分自身のアート活動を持続可能なものにするために、「学びと発表の場」と「鑑賞を通じた対話の土壌」の両立が必要だと感じたからです。
大きなきっかけは、自身の作家活動の中で感じた葛藤でした。2018年、大学院に入学した年から作家活動を始めたのですが、活動を続けるためには、高額なレンタル料を支払って展示スペースを借りるか、約50%のマージンを支払ってコマーシャルギャラリーで展示を行うか、限られた選択肢しかありませんでした。
さらに当時の私は、アート関係のネットワークもほとんどなく、情報へのアクセスも十分ではありませんでした。そのため、「オルタナティブスペース」といった言葉すら知りませんでした。
展示をしても来場者はアート関係者に限られ、周りのアーティストとの会話では「売れるかどうか」が話題に上ることも多く、違和感を覚えていました。社会にはもっと多様な人たちがいるはずで、アート以外の領域の人とも対話をしたいと考えるようになりました。
そんな時、大学院修了後に、大学時代の後輩から「Nowhere Hajinosato」という、コワーキングスペースとカフェが併設された施設を紹介されました。
内装もかっこよく、居心地の良い場所だったので、「ここで作品を展示してもらいたい」と思い、すぐに展覧会の企画書を持って行きました。
そのときの展示タイトルが「デラハジリ」です。
そこで個展を開催して感じたのは、「Nowhere Hajinosato」の方々がコミュニティづくりをとても大切にしているということでした。展示にはさまざまな分野の方が訪れ、作品を丁寧に見て意見を交わしてくれました。その経験に感動し、自分もこのような場所を持ちたいと強く思うようになりました。
ちょうど「Nowhere Hajinosato」の隣の物件が空いたため、そこで活動を始めることにしました。最初は大学時代の先輩や後輩を中心に声をかけて展覧会を行っていましたが、約4年が経った現在では、海外を含む幅広いアーティストに展示を行ってもらえるようになりました。
こうした活動は、現在の主な取り組みの一つである年数回のアートプログラムの開催にもつながっています。近年では、国内外のアーティストやキュレーター、リサーチャーなど、アートの実践者を招聘し、展示や滞在制作といったプログラムを実施しています。
ここでは、完成された作品や成果を発表するだけでなく、制作の過程で生まれる揺らぎや、他者との関わりの中で得られる気づきも大切にしています。表現活動が日常と地続きの環境の中で根づいていくこと、そうした時間や関係性を支える土台を、この場を通して少しずつ積み重ねていくイメージです。
もう一つ大切にしているのが、土地の文脈に呼応した企画の展開です。
「デラハジリ」の隣にはカフェがあり、強い地域ネットワークがあります。また、徒歩15分圏内には飲食店やコミュニティやアートスペースが点在しており、それぞれのお客さんが日常の延長で足を運んでくれます。
来場者は、友人に会いに来るような感覚で、ふらりと立ち寄ってくれることが多いです。そうした点にも「デラハジリ」の存在意義があると感じています。展覧会も、作品を展示するだけで終わらせるのではなく、お茶会やまち歩き、トークセッション、ワークショップなどを行い、アーティストの人柄や大切にしている価値観を地域の方々に伝える機会をつくっています。
中でも特に力を入れているのが「まち案内ツアー」です。途中で古墳に立ち寄りながら、エリア内に点在するコミュニティやアートスペースを中心に巡ります。
土師ノ里の方々はとてもおしゃべり好きで、外から来た人にもとてもオープンです。そのため、話が弾んで所要時間が延びがちで、短くても3時間半、長いと7時間ほどかかることもあります。
活動を始めた当初と比べると、「デラハジリ」に対する周囲の反応は大きく変わったと感じています。目指していたとおり、幅広い分野の人たちとコミュニケーションが取りやすくなり、地域のお祭りのように、ここで企画する展示やイベントが、地域の一部の人たちにとって共通の話題になってきました。
一方で、私自身がアーティストとして見られる機会が減ったと感じることもあり、これは現在の自分の課題の一つだと捉えています。
地域にひらかれた場所を持ったことで、普段は出会うことのない人たちと出会い、似た活動をしている人や同じ課題意識を持つ人たちとつながることができました。また、展示を企画・運営する側の苦労や大変さを実感できたことで、作家としても、そうした立場の方々により丁寧に向き合おうと思えるようになりました。
スペースの運営には時間もお金もかかり、コミュニケーションの難しさを感じる場面も少なくありません。それでもこの活動を続けたいと思うのは、自分の興味や関心をきっかけに、人と人とのつながりを広げていける場所の重要性を実感しているからです。そして何より、アーティストとしてだけでなく、一人の人間として生活していく中で、地域にセーフティネットができたことは、大きな収穫だったと感じています。
日常の中に接点を増やし
まちに偶然性の面白さを生み出す
~居石有未さんのお話
名古屋の栄に2024年春にオープンした「SLOW ART CENTER NAGOYA」(2024年3月~2026年4月)という複合施設でプロジェクトマネージャーをしている居石です。
名古屋造形大学卒業後、4年ほど大学の職員として勤務した後、久屋大通パークにある「Fab Cafe Nagoya」の立ち上げに関わりました。
その傍ら、個人で名古屋や岐阜のまちなかアートにも携わったりしています。
大学では日本画を専攻していたので作家としても活動をすることもありますが、最近は作家活動の方はちょっと控えめです。
経歴だけ見ると、結局、何をしている人なのかわかりづらいとよく言われますが、お世話になっているギャラリーの方に、「居石さんは横糸みたいな人だね」と言っていただいて。それが自分では結構気に入っているので自己紹介で使わせていただいています。いろいろな領域で活躍されている人たちを縦糸に見立てて、横糸としてそれを繋げる役割を担っているのが私なのかなと思っています。
今回「ひらく」というテーマをいただき、改めてこの言葉について考えてみました。ひらがななのでいろいろな解釈ができるなと思ったのですが、私の場合、「広く届ける」という一般的な広報のニュアンスではなく、適切にスポットライトを当て、届けたい人に見やすくしてあげるような感じ。自分の役割はそこかなという気がします。
私は実は南フランスが好きで、以前1ヶ月ほど滞在したことがあります。古代ローマ時代の遺跡が残っていたり、中世に貿易が盛んだった頃の港町の歴史が感じられたり、今もさまざまな文化が根付いていてどこか偶然的でゆるい関係性が溢れているまちです。
南フランスのいいところを3つ挙げるとしたら、まず美術館やアトリエが当たり前のように点在していて、日常と芸術が自然と地続きになっているところ。毎週のようにまちのどこかでパレードが行われたりするんです。
2つ目は、違う領域が重なり合う場所がまちの中にたくさんあるところ。
例えば日常的に開かれるマルシェ。日本ではマルシェというとイベント的なイメージがありますが、あちらでは日常。日々の食料品や量り売りの石鹸など日用品は一通り揃っているし、その横でプレゼント用の絵が売られていたりする。そういうのがすごくいいなと思います。
そして人の流動性があるところ。これは港町の特徴なのかもしれませんが、しばらく姿を見ないなと思うと、「そういえばあの人、最近、まちを出ていったよ」みたいなことが普通に起こる(笑)。そんなところも面白いですね。
そうしたまちの特徴が、私の思う「ひらく」のイメージに近いような気がしたんです。日本にもその雰囲気に近い場所はないかと思って、東北や大阪などいくつかのゲストハウスとかにも行ってみたりしていて、そのうち自分でもそういう場所を作ってみたいと思うようになりました。たまたま空き家になって、ボロボロの民家をみんなでリノベーションして、場所を作るところまでいったんですが、コロナ禍がきて結局手放すことになってしまいました。
でもその時に考えたのは、狭い範囲に留まらないでもっと視野を広げてみるのもいいんじゃないかということ。アーティストやクリエーターの仕事を作る新しい仕組みについて考えたいと思うようになりました。
誰もが同じように感じていることだと思いますが、アーティストってどうやってお金を稼げば良いのか、どうやって生きていけば良いのかという課題が常にありますよね。私にできることとして、企業とか産業と繋ぐことかもしれないと。それが「Fab Cafe Nagoya」立ち上げに関わるきっかけになりました。
そこでの3年間で経験したことを活かしつつ、その後は、個人的な活動として、岐阜のまちなか芸術祭「ART LIFE GIFU」などの立ち上げにも参画しました。
私が実践している手法としては、アートを手段にまちと人を繋ぐために「日常に接点を増やす」ことを意識しています。普段、日常の中で、アートってちょっと異質で浮いた存在だと思うんですが、それを敢えて、普通にお店とかで提供されるサービスと同じように、日常の中に置いてみようというようなこと。例えば、ふらっと立ち寄ったお店で自然にアートに触れられる仕掛けを作るとか、カフェで地元作家とのコラボができるとか。芸術と接点がなかった人が、作家や作品と直接交流することで新鮮な感動を味わったりできたらいいですよね。
いろんな活動を通じて学んだのは、ローカルな人が主体となって続けていくことにこそ意味があるということ。私の活動も、実際にはまだ一部の人しか関われていないし、アーティストにお金を還元できる仕組みが弱いなど課題も多く、持続させていく難しさも実感しています。今後はこの〝一部の人〟の壁を超えたいですね。
そこで2023年から「OMOTEDE」という活動を始めました。漢字で書くと「表出」。芸術というよりもう少し広域の領域を扱っているのですが、何かを発するとか、公共の場に何かを置いてみるだけとか、人が何かを行うことそのものを芸術活動と捉えてそのすべてを対象にして、公共空間に偶然性や疑問を生むという点を重視して行っています。
課題もたくさんありますが、日常よりもイベントに寄りがちなアートを、これからはもっと日常に寄せていきたいという思いでこれからもいろいろな企画を実践してけたらと思っています。
グループディスカッション
~とよたまちなか芸術祭を「ひらく」
トークの後は参加者らがランダムに3つのグループに分かれてディスカッション。「ひらく」を実践する講師の話を踏まえ、さまざまな立場の参加者による、とよたのまちとアートとの可能性について活発な意見交換が行われた。
このワークショップには芸術祭に出展中のアーティストらも参加し、鑑賞者、スタッフ、アーティストらが立場の違いを超えて熱く語り合える日常的なコミュニティの場を作りたいというアイデアなどがあがった。
また、毎年芸術祭に足を運び続ける参加者からは、豊田スタジアムを会場にして、全国の美大生らによる大規模なアート祭りを恒例行事にしたい、などの案も発表された。
ディスカッションを見守っていた講師のみなさんが、最後にまとめとして語られた感想の中で、「新しいアイデアを生み出すことと同時に、地域で始まっていることや、すでにそこにあるものにも目を向け、ちゃんと拾い上げて繋げることも忘れないようにしたい」という新見さんの言葉がとりわけ印象に残った。
とよたアートづくりミーティングに参加して
「Stereo(ステレオ)」をテーマに開催された今回の芸術祭。この言葉には、例えば〝ステレオタイプ〟のように型にはまった固定観念や思い込みといったネガティブなイメージがある一方で、その語源でもある「立体的な」という意味から、多面的で三次元の広がりを想像させるポジティブな印象も同時に想起させる。
「とよたまちなか芸術祭」は文字通り、豊田市のまちを立体空間に見立て、そこに暮らす人とアーティスト、その作品からメッセージを受け取る鑑賞者らが一緒になって、まちなかに点在するさまざまな文化的価値に目を向け、ともに探る素晴らしいイベントとして着実に成長を遂げてきたと感じる。
長く大切に受け継がれてきたものと新たな発見によって広がるまちの可能性。豊田のまちが持つ多様な価値を包括し、深く見つめ直す機会として大きな使命を果たしてきたこのイベントは、今回で一旦の区切りを迎えることとなったが、市民らが主体となって、とよたのまちにおけるアート活動について考える「とよたアートづくりミーティング」もまた、回を重ねるごとに議論に深みを増し、まちにアートが根付く気運を生み出している。
来年度以降、この芸術祭がさらに大きく進化を遂げ、再び私たちを楽しませてくれることを期待しつつ次回の開催を楽しみに待ちたい。
(レポート:谷 亜由子)
(グラフィックレコーディング:勝川 英里子)
Profile ___
下浦 萌香 Moeka Shimoura
アーティスト/アーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」
ある場所に根ざした歴史や記憶、日々の営みのなかで形づくられてきた関係性に関心を持ち、そうした蓄積を出発点に、制作を行っている。2021 年より大阪府藤井寺市・土師ノ里エリアにて、アーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」の運営を開始。滞在制作や地域との協働、リサーチを通じて、芸術が日常のなかで息づく在り方を探っている。
新見 永治 Eiji Shinmi
のわ 代表
1982年に名古屋市でパルルの前身である新栄画廊に参加。それ以降カノーヴァン、パルルと名前を変えて運営を続ける。2020年に新たにパルルを集まる場、205をつくる場、503を暮らす場と位置付けて3スペースの体制となる。それにあわせてアート展示や音楽イベントの屋号として使ってきた「のわ」を団体名と定めて、アートを軸としつつ地域から世界を眺めながら人と人のつながりを通してどんな新しい暮らしが生みだせるのかを日々考えている。
居石 有未 Yumi Sueishi
SLOW ART CENTERプロジェクトマネージャー
名古屋造形大学日本画修了。大学広報職員を経て、クリエイティブコミュニティの立ち上げやワークショップ・イベントの企画運営を行う。名古屋・岐阜では、まちなかや公共を舞台にしたアート企画も展開。現在はSLOW ART CENTER NAGOYAにて、芸術の社会における新しい価値を提案している。好きな食べ物はいちご。ライフワークは実験。
谷 亜由子 Ayuko Tani
名古屋市千種区生まれ。テレビ番組制作プロダクションにて構成作家兼ディレクターとして情報番組やCMの制作を担当。独立後は在名各局で旅番組や報道番組などに携わる。現在はフリーライターとして広報誌やWEBサイトなどさまざまな媒体でインタビューを中心とした記事を担当。
Information _____
とよたまちなか芸術祭2025 Stereo 関連イベント
「とよたアートづくりミーティング」
開催日:2025年10月25日(土)14時~16時(終了)
会場:旧豊田市近代の産業とくらし発見館